嶋田毅氏インタビュー

創造と変革の志士たち ~人をつくり、知恵を広げる~」第3回

聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎

 株式会社グロービスは、1992年の創業以来、「ヒト」「カネ」「チエ」のビジネスインフラの構築を掲げ、成長発展を続けています。「チエ」にあたる出版事業の出版局長兼編集長を務める嶋田毅氏に、累計120万部のロングセラー『グロービスMBAシリーズ』(以下、MBAシリーズ)の誕生秘話や今後の出版事業の戦略、ご自身の近著『利益思考』、同社の成長を支えるカルチャーなどについてお聞きしました。

■「知恵のショーケース」から書籍をつくる

― GLOBIS.JPの位置づけについてお聞かせいただければと思います。

 GLOBIS.JPはオンラインマガジンで、立ち上げた時は私も結構関わっていました。ビジネスモデルをどうしようかというのは最初からの悩みでした。ダウンロード課金にしたり、広告モデルにしたりして収益化するのが良いとか、広告をあえて外部から取らずに、グロービスの「知恵のショーケース」みたいにしておくのが良いとか、いろいろなやり方が検討されました。
 以前は私が発行人を務めていましたが、現在は広報部門が担当していまして、社内の知恵のショーケースとして位置づけつつ、アクセスを集めて、広告を掲載していただけるようにしました。今はマーケティングの要素が強いと思います。知恵が集積している場所ということもあって、グロービスのブランド力の向上につなげています。社員や講師陣が持つ知恵を外部にきっちり見せてあげることによって、メディア化していくと言いますか、そこに人が集まってきて、弊社のサービスをご利用いただくようにしていくことが一番大きな狙いです。

 まだ小さいサイトですので、自分たちのサイトに人を集めるだけではなくて、コンテンツの一部を提携しているオンラインメディアに提供しています。「東洋経済オンライン」「ダイヤモンド・オンライン」など、10媒体あります。幅広い方々に記事を読んでいただけるようにしていまして、2009年から日経BP社のアドネットワークに参加し、広告媒体としての側面も持ち始めました。

 さらに、コンテンツとして蓄積されたものを書籍として昇華させられると良いなと考えています。実は、『ビジネス仮説力の磨き方』は、「仮説の力」というGLOBIS.JP上の連載をベースにして作った本です。最初から本にしようと考えながら連載を始めて、コンテンツがたまったところで、ケーススタディや別パートを追加して本にしました。
 今は、「ワイン片手に経営論」という前田琢磨さん*10の連載をもとにした本を企画しています。ちょっと渋いテーマですが、ワイン業界を取り巻く歴史的変化を通じて、企業経営への本質的な示唆を探る連載です。それ以外では、私がGLOBIS.JP で書いた「経営理念」というコンテンツをある書籍で再利用しています。「経営理念」は、リクルート、リッツ・カールトン、イケア、ピクサー、ファーストリテイリングなど、国内外の注目企業を独自に選び、経営学の視点から経営理念を読み解いていくというものです。本の執筆は私ではないのですが、「経営理念」を文中のコラムやケースとして使っています。
 また現在は、「カイゼン! 思考力」という思考系*12の連載も私が担当しています。いろんな領域の連載をしていて、「専門は何ですか」と聞かれると、答えにちょっと困りますね。以前、他社のオンラインマガジンでも思考系の連載をしていたので、「カイゼン!思考力」と合わせて、将来的には本を出したいと思っています。

 弊社では、コンテンツをなるべく広い範囲で活用できるようにしています。あるコンテンツが、スクールや研修の教材にもなり、GLOBIS.JPみたいなオンラインマガジンのコンテンツにもなり、体系化され書籍になるという流れができることが一番良いと考えているんです。そのベースになるようなコンテンツを上手く作っていくことも、GLOBIS.JPの狙いの一つです。

■議論から生まれた「グロービス・ウェイ」

― それでは、会社のカルチャーや理念などについて、お伺いできますでしょうか。

 そうですね。私が入社した当時から「リトリート」*13という合宿みたいなものをやっています。今は組織が大きくなりましたから、部門ごとにやっていますけれども、1990年代は春と秋、年に二回は全員が集まって経営合宿をしていました。単純に言えば、いつも話していない人と話すことができる機会になります。今では少し抑え気味にしていますけれども、みんな飲み会で多少羽目をはずすこともあり、普段は見えない一面を見ることができて、それぞれの人となりを理解する場にもなっています。人間っておもしろいもので、その人と会話をしたり、接触が増えたりすると、その人に好意を持つという傾向がありますので、合宿によってコミュニケーションを深めることで日々の仕事に活きてくると思います。
 今年は社内でやったんですけれども、昔はよく小田原でやっていました。一泊二日の泊りがけで集まって議論をしていましたね。弊社の場合は、東名阪で3拠点ありますので、東京でやると大阪や名古屋の人に負担だろうと、なるべく真ん中にしようという思いも込められていたわけです。

― 全員が集まっていた頃は、どのような議論をされていたのでしょうか。

 年に二回やっていた頃は、春と秋のどちらかは忘れましたけれども、片方は割と戦略的な議論をする場で、もう片方は企業文化のようなものについて真面目に考える場としていました。どんな会社にしたいかとか、こういうカルチャーが最近あるけれどもやめようとか、そういう議論を一生懸命していたんです。そこから形になっていったのが「グロービス・ウェイ」*14です。1990年代後半くらいには、今の原型がほとんど出来ていました。もちろんその後もブラッシュアップしたり、多少の追加をしたりしながら、よりブレークダウンしたものが出来ているんですけれども、会社が小さい頃からしていた議論がベースになって、企業カルチャーが決まっていきました。

 さらに言えば、カルチャーの原型は出来てきたんだけれども、そのカルチャーに合わない人もいたわけです。なんと言いますか、ベンチャーってやっぱり仕事をどんどんこなさなければいけないので、最初の頃は、多少カルチャーに合わなくても能力重視で人を採っていたんです。カルチャーを壊すまではいかないけれども、ちょっと合わないなという人もいるわけですよ。そこで、ある時期から方針を変えて、なるべく最初の段階でカルチャーに合う人を見極めて採用するようにしました。
 要するに、実務能力が高い人とか、講師ができる人とかでも、ちょっとカルチャーに合わないという人を採用するよりも、多少スキルはショートしていてもいいから、価値観であるとか、ビジョンとかを共有できる人を採用する方針に変えたんです。そうして採用した人に成長していただいたほうが、長い目で見たらいい会社になると考えたわけです。
 我々はビジョンというのを非常に大事にしているんですけれども、何年後にこうありたいというビジョンだとか経営理念だとかは、堀が中心になって、昔からみんなでよく議論をしました。今はさすがに、二百何十人という社員がいますから、全員では出来なくなりましたけれども、初期のころは本当に全員でやっていました。堀のアイデアももちろんありますが、みんなで議論をして出来上がったものですから、納得性も高いんです。経営の教科書にも書いてある、よくあるパターンですけれども、いきなり一人の人間が決めて、「これがうちの経営理念だ」と言われてもなかなかピンとこないだろうと思います。みんなで選び取った価値観だから、「みんなで決めたことだから」と思い、実現に向けて行動することができます。そうしてできた企業文化が、今に至るまで残っています。

― 「グロービス・ウェイ」はどのように浸透を図っているのでしょうか。

 当初は、自分たちで定めた「グロービス・ウェイ」がどのくらい浸透しているのか、毎年、調査をして確認していました。今でも隔年でやっています。最近はいよいよそういったものをシステマチックに残そうとしていて、いわゆるカルチャーサーベイみたいなものを取り入れています。
 「グロービス・ウェイ」については、入社すると最初に説明会があって、なおかつ堀とのプレジデント・ランチがあります。新入社員が、堀と一緒に最初にランチをするという、ある意味イニシエーション(通過儀礼)みたいなものがあって、「うちはこういう会社なんだよ」ということを、トップが直接伝えています。

 ハードな人事の制度とか、管理会計とかもありますけれども、それ以上に、割とカルチャーで組織を動かしていく会社かなと思います。私が入った頃はまだまだベンチャーだったので、みんなの顔が分かる規模でした。でも、その頃から、いわゆるピラミッド型の規則で動かす会社ではなくて、バリューで動かしていく会社にしようと考えていました。
 最初は試行錯誤をしていたんですけれども、1990年代後半くらいにそういう原型がだいぶ出来てきて、今はそれが高度化してきたと感じます。

― 規模が拡大してきた中で、経営方針やカルチャーを全体で共有する仕組みがありましたら、教えていただけますでしょうか。

 さきほどお話したように、「合宿を全員で」というのはさすがに出来なくなったんですけれども、テレビ会議を利用した「オールスタッフミーティング」を四半期に一回はやっています。その時に、新入社員の紹介もやるんですけれども、主な内容は、年初に決めた今年の方針を繰り返し確認するということです。我々の目標はこれで、今年の重要方針はこれでと、それをもう毎回毎回繰り返しやるんです。
 「リトリート」は、全員では集まれなくなりましたけれども、年に一回、4チームに分割して、4回のセッションに分けてやっています。そこでは必ずカルチャーについて、自分の考えや行動が合っているか再確認しています。最近でこそ、グロービスらしいカルチャーとは何か、カルチャーはいかにあるべきかという議論はしていませんけれども、例えば読書会をして、ある本を読んだ後にどう思ったか感想を述べてもらいます。それを聞いて、これはうちのカルチャーに合っているよねとか、これはどうかなとか、それぞれの持っている価値観を確認する場を設けたりしています。

― 他にはどのような取り組みをされていますでしょうか。

 人事部門が主導して、一年目研修や三年目研修をやっています。やっぱり最初の段階がすごく重要だと感じますね。入社したときと一年目を振り返ってどうか、三年という時間軸で振り返ってみるとどうか、研修によって自らを振り返る機会にしています。
 仕事のやり方や今年何をしていくかということは、年初に話すビジョンに照らしながら、個々人が目標管理制度の中で決めています。自分は今年これをやりますとか、これだけ成長しますとか、会社に対してコミットするんです。スキルは主に目標管理制度で高めていますので、研修はカルチャーに関する内容が多くなっています。
 研修以外の取り組みとしては、いまどきやっている会社は少ないと思うんですけれども、自由参加の社員旅行があります。その他にも、家族を呼べるパーティーとかもしています。今年はちょっと趣向を変えて、ファミリービジットと言いますか、お父さん、お母さん、あるいは夫や妻がどんなところで働いているのか、ちゃんと家族の人に見てもらおうという企画があります。ファミリーも含めて、良い職場環境を作っていこうという取り組みは、昔から変わらず熱心にやっています。

第4回へ続く

[撮影:大鶴剛志]

*10 アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社、プリンシパル。グロービス経営大学院で教鞭を執っている。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパートの資格を持つ。
*12 グロービスでは、クリティカルシンキング等の論理思考や、これを活用したビジネス・ファシリテーション、ビジネス・プレゼンテーションなどの考え方など領域を「思考系」と呼んでいる。
*13 日常生活から離れ、普段しないことをして、自分を見つめ直すなどの意味で使われる。
*14 グロービスの憲法に当たる考え方で、「経営理念、事業指針、行動指針」から成り立っている。

「創造と変革の志士たち ~人をつくり、知恵を広げる~」全4回