嶋田毅氏インタビュー

創造と変革の志士たち ~人をつくり、知恵を広げる~」第4回

聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎

 株式会社グロービスは、1992年の創業以来、「ヒト」「カネ」「チエ」のビジネスインフラの構築を掲げ、成長発展を続けています。「チエ」にあたる出版事業の出版局長兼編集長を務める嶋田毅氏に、累計120万部のロングセラー『グロービスMBAシリーズ』(以下、MBAシリーズ)の誕生秘話や今後の出版事業の戦略、ご自身の近著『利益思考』、同社の成長を支えるカルチャーなどについてお聞きしました。

■世の中にインパクトを与えたい

― グロービスではどのような経営体制をとられているのでしょうか。

 グロービスの場合、取締役は代表である堀と社外取締役しかいないんです。いわゆる経営と執行を分けて、ガバナンスを確立しています。
 私は現在、出版局長兼編集長、GLOBIS.JP編集顧問をしています。これは、外部向けの肩書きで、社内ではマネジング・ディレクターになります。マネジング・ディレクターは、いわゆる社内資格です。実は、ついこの間まで、メディア事業推進室マネジング・ディレクターというタイトルでした。投資銀行などでは、マネジング・ディレクターでも分かりやすいと思いますが、弊社の中でその言い方を外部向けにすると、何をしているのか非常に分かりにくいんです。そのため、出版社ではないんですけれども、出版局長兼編集長という言い方に変わりまして、担当分野がイメージしやすくなったと思います。

― 創業初期にグロービスに入社されたときから、経営的に働くことをイメージされていたのでしょうか。

 もちろんなくはないですし、弊社は『ビジネス・リーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術』というキャリアの本も書いていて、その本の中でも、例えば5年後の自分をイメージして、そういう自分になれるような仕事をするべきだといったことが書いてあります。
 ただ、実際に自分がどうだったかと振り返ると、目の前に山のように降ってくる仕事をこなしながら、とにかくやっていったというのが現実的なところです。特に最初の数年間は、それこそ全員の顔が分かるような規模でしたし、経営を意識するというよりも、がむしゃらに次から次へと仕事をこなしていきました。

 やはり初期の頃は、前近代的とは言いませんけれども、仕組み化できていない部分が多くありました。そういう意味で言うと、今は仕組み化が進んだというか、いろいろなところでシステム化されていると思います。ITの仕組みも専門のベンダーに依頼をしてやっていますし、GLOBIS.JPも外部のベンダーに作っていただいています。
 でも、初期の頃のシステムをつくるときは、ファイルメーカー*15の取扱説明書を読みながら、自分で管理システムを作っていたんです。例えば、プロダクトウェブという弊社の教材を管理するシステムも、今では外部のベンダーにアクセス*16できれいに作っていただいているんですけれども、最初はまったくの素人だった私がファイルメーカーで作りました。そのため、フォーマットが当時の様子をまだ残しているんです。初期の頃は、そういう感じでした。

― ベンチャーでのマネジャーの役割やマネジメントの在り方について、お考えをお伺いできますでしょうか。

 やはり、ベンチャーは任される仕事が多い一方で、純粋なマネジャーというよりも、プレイングマネジャーとしてやらざるをえないと思います。今でもそうなんですけれども、私自身はどちらかと言うとプレイングマネジャーの方が好きなので、自分でどんどん価値を見出して仕事を進めていました。いわゆる管理職ということは最初からあまり意識していなかったです。昔から強く意識しているのは、世の中にインパクトを与えたいということです。
 グロービスの場合、本なんかは典型的なんですけれども、外部の方や部門外の人間とプロジェクトを組むことが多いんです。端的にプロジェクトとして、どういうふうに回して、何を生み出すのか、また世の中にどんな価値を提供するのかということへの意識が、今でもかなり強いですね。

 私の場合は、最初から経営というイメージを描きながらやっていったというよりは、どんどんこなしていく中で、経営的な感覚を身につけていったのではないかと思います。自分の得手不得手というのも見えてきて、これを言ってしまうと身も蓋もないんですが、個人的に細かいことはあまり好きじゃないんです(笑)。できれば誰かにお願いできるものはお願いしたい。でも、仕事を人に依頼するということ自体が、ある意味、経営の一つのあるべき姿かなと思っています。その人がパフォーマンスを出せるところで、なるべく長所を伸ばしてもらえる仕事を任せるのが大事かなと思います。例えば、私が苦手な仕事でも、別の人にとっては非常に大好きな仕事というのもあるわけですよね。そういったところを上手く選り分けながら、やってきているのかなと感じます。慣れてくると、自分の得手不得手ってよく分かりますし、何をしているときに楽しいか楽しくないかということは非常によく分かります。短所を伸ばすということも、もちろんあるんですけれども、グロービスは長所を伸ばせる仕事や、取り組んでいて楽しい仕事をやる機会が比較的多い会社だと思います。

■あの本を読まなかったら、今の自分はなかった

― 最後に、特に影響を受けたご本について教えていただけますでしょうか。

 一番影響を受けた本は、正直に言いますと、大前研一*17さんの『ストラテジック・マインド』です。私自身、大学院まで理系でした。経営学やコンサルティング業界の道に進もうと思ったのは、学生時代に大前さんの本を読んで、すごくおもしろい世界があることを知ったからなんです。さらに言うと、大前さんは、原子力の博士になられて、日立(株式会社日立製作所)でエンジニアとして活躍された後、MBAを取得されたわけでもなく、いきなりマッキンゼー(マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク)に行かれたというキャリアでしたから、「理系の人間ながら、こういうキャリアもあるんだな」と思いました。本の内容もおもしろかったし、大前さんっておもしろい人だなと感じました。こういう商売やキャリアがあるんだと、自分の視野を広げてくれたという意味で、『ストラテジック・マインド』を一番に挙げたいと思います。あの本を読まなかったら、今の自分はなかったと言えるほど、非常に重要な本なんです。
 もう一つは、バーバラ・ミント*18の『ピラミッド・プリンシパル(邦訳版:考える技術・書く技術)』*19という本です。当時、英語の本しかなくて、「これ読んでおいて」みたいな感じでいきなり渡されて読んでみると、まぁ本当に難しかった。今では、グロービスでも監修したのですが翻訳版があるので、だいぶ楽になったと思うんですけれども、原著は非常に難しいんです。とにかく難しいんだけれども、書いてあることは非常にエキサイティングで、「ロジカルに考えるとはこういうことか」と深い気づきを得ることができました。「思考系」と呼んでいる、いわゆる考えることについての本って、この十年で本当にたくさん出版されたと思います。でも、昔はそんなになかったと思うんですよ。正しくロジカルに考えましょうとか、しっかり主張しましょうとか、論理的に問題解決をしましょうとか、そのような類の本はあまり見かけなかったんです。そういう意味で、『ピラミッド・プリンシパル』にはインパクトを受けました。それがある時、翻訳をしようということになったんです。実際に翻訳を担当したのは外部の講師の方ですけれども、自分もプロジェクトに関わることになったので、何かの縁を感じました。
 あとは、やはり、実際に自分が携わった本ですね。例えば、最初に担当させてもらった『ケースで学ぶ起業戦略』です。入社していきなりでしたから、ある意味、無茶振りなんですけれども、プロジェクトに関わったという意味で影響を受けた本です。あるいはその後、『グロービスMBAシリーズ』を担当するようになって、著名な経営者の方などからも、あの本よくできていますねと言われると、本当にやっていて良かったと思います。

― 長時間、貴重なお話をありがとうございました。

[撮影:大鶴剛志]

*15 米国FileMaker.incが開発・販売するデータベースソフト。FileMaker .incは元々アップルコンピュータ(現アップル)の完全子会社だった。
*16 Microsoft Office Access(マイクロソフト・オフィス・アクセス)のこと。
*17 株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長、ビジネス・ブレークスルー大学大学院 学長。
*18 ハーバード・ビジネススクール卒業後、マッキンゼーに初の女性コンサルタントとして入社。1973年に独立し、ピラミッド原則を用いたレポート作成、分析、プレゼンテーションなどの方法を教えている。
*19 マッキンゼーをはじめとするコンサルティング会社で、古くから取り入れられている。本書に、ワークブックを加えることによって、論理と実践をマスターすることができる。『新版 考える技術・書く技術 -問題解決力を伸ばすピラミッド原則-』『考える技術・書く技術 ワークブック【上】』『考える技術・書く技術 ワークブック【下】』

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