渋澤健氏インタビュー

「次世代に紡ぐ想い。~滴から大河に。渋沢栄一の教え~」第3回

聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎

 日本資本主義の父といわれる渋沢栄一の五代目にして、新しい資本主義の在り方を社会に問い、「滴から大河に」を実践する渋澤健氏。30年先を見据えた長期投資を掲げ、2008年9月にコモンズ投信を立ち上げました。次代に向け、渋澤氏は何を思うのか。また、渋沢栄一の「論語と算盤」を読み解いた渋澤氏の経営思想をお聞きしました。

■コモンズ投信のスタートアップと資本政策

―インキュベーターとしての関心から教えていただければと思いますが、コモンズ投信を立ち上げるために、どうやってチームをつくり、ファイナンスをしたのでしょうか。

 メンバーについては、きっかけはいろいろあるんですけれども、信頼できる同じ目線をもった仲間であることが前提ですよね。2006年の年末から1年ぐらい、創業メンバーとブレストをして、2007年11月にコモンズの準備会社を立ち上げました。その後の1年間は、なんとなくぼやっとした構想を、金融当局への申請書に落とす作業でした。もちろん、実際にビジネスとしてどのように実践していくのかということを整理しました。最初の1年は、ベンチャー企業でいうシードステージのようなもので、当然自分も投資資金を出しました。2008年6月には、設立メンバー以外で、自分たちの知り合いからエンジェル的な投資資金を募り、増資をしました。現時点での株主は40名ぐらいです。

―株主の方々は、投資信託のお客様と重なるのでしょうか。

 必ずしもそうではないですけれども、一部そうですね。シードの段階では、まだ商品のプロトタイプもありませんでしたし、ファンドもないので投資してもらうこともできなったため、我々がやりたいことに共感してもらった方に株主になっていただきました。これは、どのベンチャーも同じだと思います。その後、実際に投資信託のファンドが設定されてから、株主の方々の中でファンドに投資をしていただいた方もいます。直近の増資では、会社だけでなく、ファンドにも同時に投資をいただいている方もいました。

―コモンズ投信の資本政策では種類株式を使われて、創業メンバーの株式と次のファイナンスでの株式を分けたと伺いました。資本政策については、どのようなお考えをお持ちでしょうか。

 これは、ちょうど同じようなタイミングで資本政策を実施されたので、経営共創基盤の冨山和彦さん*10のところを参考にさせていただきました。さわかみ投信の澤上さんの話を聞くと、最初から大勢の株主がいると大変だなと思いました。かといって、株主1人あたりの出資額を一定規模にして、ファンナンスをまとめるのは現実的ではないなという思いもありました。どうしようかなと思って、冨山さんのところを見てみると、種類株を活用して議決権を分けていたんです。実際にやってみた感想としては、少しややこしかったかもしれないなと思いました。なぜかというと、やはり勝手に増資はできません。要するに、株主総会決議に参加できないと言っても、既存株主の保有する株を希釈化させるとか、価値が下がるようなことをやろうとした場合、種類株主の決議が必要です。増資をするには、種類株を保有している人にも聞かなきゃいけない。当然ですよね。

―結果としては、役職員の方々あるいはシードマネーを提供された方で50%以上のシェア(持株比率)を維持されているということでしょうか。

 直近の増資をする前まではそうでした。

■企業と対話するファンド

―ファンドマネジャーは、渋澤さんや社長の伊井哲朗さん*11ではなくて、吉野永之助さん*12がなさっているんですね。投資決定の仕組みについて、お伺いできますでしょうか。

 そうですね。吉野が運用チームを仕切っていて、彼らが投資候補先を見つけてきます。その後、投資委員会をして、投資を実行するかどうか決議しています。投資委員会は、僕や伊井を含めた5名で構成されます。銘柄を挙げてきて、すぐに投資をするわけではなく、相当な議論をして、全員一致で意思決定をしています。

―一番肝心なところですけれども、30年投資の手法として「30年、30社、対話中心」*13ということを掲げています。私もベンチャー投資をしているので非常に興味深いのですが、「対話」によって企業価値を高めるということは簡単なことではないですし、とても深いテーマだなと感じました。この「対話」についての考えを、お聞かせいただけないでしょうか。

 2000年ぐらいに、村上世彰さん*14とかスティールパートナーズ*15とかが、物申す株主として登場してきましたよね。それによって、ガバナンスの議論が起こりました。「会社は株主のためのもの」とか、「社員のもの」とかいろんな議論があったじゃないですか。だけど、一方的に物を言われると、会社がどんな状態であっても聞いている経営側は疲れてしまうと思いますし、物申し続ける方も壁に向かって言い続けているようだと疲れてしまいますので、あの関係性は長続きしないんじゃないかと思ったんです。ファンドの世界では、ファンドレイジングのときのプレゼン資料を読むと、「我々はこんなすばらしい人間です。だから企業価値をつくります」ということがよく書いてある。だけど、ファンドって企業価値をつくるのかというと、僕の答えは「NO」なんです。なぜかというと、企業価値をつくっているのは、企業の経営者と従業員ですし、会社の商品やサービスを評価して実際に購入・購買してくれる消費者ですよね。BtoBの会社であっても、最終消費者がいなければビジネスが成り立たないので、最終消費者が重要だと思います。

 最終消費者は、消費活動をした結果、満たされたり満たされなかったりします。場合によっては、企業に対するバッシング行動に走ったり、クレーマーになったりすることもある。だけど、「30年の目線でこの会社を応援しましょう」と最終消費者が投資家となって、お客様としても投資家としても360度その企業を見ることによって、そのときそのときのクレームではなく、長期的な視野に変わると思います。ファンドの運用者として我々が企業を見る角度がありますが、お客様は違う角度で見るかもしれない。お客様の声を集約して、我々を通じてマネジメントに伝えることによって、経営とお客様とのキャッチボールができて、結果的には企業の価値創造につながると期待しています。

■安定した長期の資本供給

―最終消費者の声を集めてマネジメントに届けることで「対話」するということですね。

 経営者って孤独ですよね。コモンズが投資しているトヨタ自動車で起こったリコールにしても、社長の豊田章男さんが悪い人だとは思わない。あんなに大きな会社は、上がってくる情報のルートが決まっているだろうし、いろいろな組織レベルでフィルターがかかっているでしょう。「俺はそんな話聞いてないよ。何でそんなこともっと早く言わないんだ」と何回も思う部分があったと思う。我々が提供できる視点に、すべて答えがあるとは思わないけれども、経営者に対して「そういう考え方があるのか、そういう視点があるのか」という一つの気づきを与えることができれば、企業価値をつくることに貢献できるのかなと思います。
 我々運用会社の役目は、企業価値を「つくる」ことではなくて、企業価値を「見つける」ことであり、それを伝えるということ。メディア会社のような位置づけだと思います。そのために、最終消費者でもある個人の方々に対して、長期投資を勧めています。

 「30年は長いから、せいぜい10年でいいよ」という人がいるかもしれない。それでもいいんですよ。長期的な視点で企業を応援する人たちの資本が、資本市場に流れるじゃないですか。これからの日本を引っ張っていくような、応援したいと思える会社に、安定した長期の資本供給ができるということが大事なんだと思います。

―コモンズ30ファンドでは満期がないということですので、コモンズ投信としてはコモンズ30ファンド1本を運用していくということでしょうか。

 コモンズ30ファンドは30銘柄にしか投資しないので、ファンドのサイズに限度がくると思うんです。といっても遠い将来のことなので、今心配しなくて良いのかもしれないのですが、ファンドの規模が大きくなりすぎたときには、新しいお客様をお断りしなければならないですね。将来的には、別のファンドを立ち上げなくてはならないかもしれません。

―限度とは、だいたいどのくらいのファンド規模をイメージされているのでしょうか。

 当初設定した上限は500億円で、追加で3,000億円までを限度としています。現状は、2010年3月末の純資産が約6億円です。それが60億円、600億円にならないと、会社としては黒字化してコモンズの株主にリターンを還元できない。ただし、大きな特徴としては、7割強が毎月の積み立てのお金だということです。ということは、まだ小さなファンドなんですけれども、毎月純増していくんですよ。現金が純増していくと、幅広い選択肢がとれるじゃないですか。そうすると、ファンドとして比較的インパクトを持てる。ビジネスモデル的に見ると、積み立てられていくので見通しがつきやすい。現在は「向こう岸に丘が見えるけれども、あそこまで泳ぐのに何キロあるんだ」と距離を測っている状態です。向こう岸が見えることは心強いですが、到達するのにどのくらいの時間がかかるのかいうことがまだ明確にはなっていないのです。ありがたいことに、毎日、口座開設の申し込みを頂戴していますが、なるべく早く向こう岸に近づくようにしたいですね。

■対話を重視した直接販売

―直接販売にこだわって募集をされるのは大変だと感じられますか。

 大変ですね。株式投資への関心など環境もあると思いますけれども、それ以上に、「直販」が大変ですね。しかし、このこだわりは大切です。コモンズ30ファンドでは、お客様との対話性を重視しています。販売会社さんを通じて売ってしまうと、我々にとってのお客様が個人投資家の方々ではなく、販売会社さんになってしまう。だから、我々と限りなく同じ目線でやっていただける販売会社さんでないと売っていただくのは難しい。一気にお金が集まっても、一瞬で逃げてしまうようなお金では困りますので、基本的に直販でやっているのです。
 コモンズについては、クチコミで知っていただく方が多いですね。メディアに取材してもらって、面白いと感じていただくことも多いと思います。多くがネットで検索して申し込みをしてもらうパターンです。すごく原始的で、非効率的な手法かもしれないですけれども、「伝える」「対話する」ということが大事だと思っています。

―たとえば、「ビジネス書全巻ドットコム」の読者や若い方でも手軽に始められるのでしょうか。

 もちろんです。3,000円からできる積み立て投資ですので、始められない理由はありません。3,000円という金額に設定したのは、できる限り金額で壁をつくりたくなかったからです。3,000円でも5,000円でも、当社にとって最初はコスト割れしてしまいます。けれども、10年、20年、30年と長期でお付き合いいただけるのであれば、それなりのリターンを返しても十分にペイすることができると考えています。
 どちらかというと金額うんぬんではなくて、30年先のことを思って今から行動できますかという点に壁をつくりたかったんです。20代の方でしたら、3,000円というと月1回飲み会を我慢するぐらいの金額ですよね。物理的には手が届く商品なので、積み立て投資をすることは可能です。でも、心理的にはちょっと壁を感じるかもしれません。「30年先のことを考えて今から投資しましょう」と言っても、心に響かなければご縁がなかったということになります。金額でご縁がなかったとは、言いたくなかったんです。

―佐藤明さん*17がコラムのなかで、「経営の質というのは株主の質である」ということを書かれていて興味深かったのですが、渋澤さんはどのようにお考えでしょうか。

 それは、ベンチャーキャピタルファンドでもそうですよね。投資ではLP(Limited Partner、有限責任組合員)のお金の特性によって運用が変わります。会社だって同じだと思います。

 投資のパフォーマンスを決める要素は主に3つあると思っていまして、一つ目は「ファンドマネジャー」の能力、目利き、経験で、すごく大切な要素です。二つ目は「環境」。これは大きなファクターだと思います。マネジャーがいくらすごい経験を持っていても、パフォーマンスは環境に左右される面が大きいと思います。環境が良ければ、全然努力しなくても儲かるじゃないですか。三つ目は、出資者といいますか、「資本の質」だと思うんです。我々の場合は、7割強が積み立てで構成されていますので、毎月資金が流入します。それも、30年という長期の考え方に賛同していただいた方々から集めた資本ですから、投資を実践する際の手の打ち方に選択肢が取れると考えています。

第4回へ続く

[撮影:大鶴剛志]

*10 冨山和彦氏 株式会社経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEOで、企業再生のスペシャリトと言われる。BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)を経て、コーポレートディレクション設立に参画、代表取締役社長を務めた。2003年、産業再生機構の設立にあたり、COO就任。2007年、IGPIを設立し、現職。主著にマネックスグループ代表の松本大氏との共著「この国を作り変えよう日本を再生させる10の提言」(講談社)など。
*11 コモンズ投信株式会社 代表取締役社長 伊井哲郎氏。山一證券で営業企画部に約10年間在籍。マーケティング、商品戦略などを担当、その後、機関投資家向け債券セールス。メリルリンチ日本証券、三菱UFJメリルリンチPB証券にてミドルマーケット及びウェルスマネジメント業務を約10年間経験。2008年9月にコモンズ投信代表取締役社長に就任、現在に至る。
*12 コモンズ投信株式会社 取締役CIO 吉野永之助氏。勧角証券入社、朝日投信に異動後、20年に渡り株式・公社債投信を運用。その後、米国大手運用会社キャピタルグループ入社。アナリスト、ファンドマネジャーを経て、日本法人であるキャピタルインターナショナル株式会社代表取締役に就任。2008年7月コモンズ投信取締役CIOに就任、現在に至る。世界的に非常に有名な長期投資の運用会社であるキャピタルリサーチを含めて40年という日本No.1の経験を誇るファンドマネジャー。
*13 コモンズ30ファンドは、30年目線の超長期投資、30銘柄程度の厳選投資、対話型投信等の特徴をもつ。経営理念や企業文化(DNA)などの組織資産、人的資産、顧客資産など企業の「見えない資産」も重視した投資をするため、日々の調査活動において、双方的対話を行っている。参照:コモンズ30の特徴
*14 M&Aコンサルティングを核とする村上ファンドを創設した人物。豊富に現金や遊休資産を持つ会社の株式を取得し、有効活用を提案し、株主を軽視する経営陣を批判していたことから「もの言う株主」として、マスコミから注目を浴びた。
*15 アメリカに本拠地をおく、アクティビスト・ヘッジファンド。日本では、サッポロホールディングスやブルドックソース、アデランスホールディングス等のTOBを仕掛けたことで有名。
*17 コモンズ投信 社外パートナー。野村證券、野村證券金融経済研究所を経て、2001年バリュークリエイト創業、パートナー。野村證券金融経済研究所では総合重機械、運輸、建設工事、公益、商社などを担当。1995年日経アナリストランキング企業総合部門第一位、1994年から2000年同造船・プラント部門7年連続第一位。

「次世代に紡ぐ想い。~滴から大河に。渋沢栄一の教え~」全4回