佐々木俊尚氏インタビュー

「キュレーターによる情報革命 ~情報流通の今と未来~」第2回

聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎

 『ブログ論壇の誕生』『電子書籍の衝撃』『キュレーションの時代』などの著者である佐々木俊尚氏は、IT業界・メディア業界のビジネス動向や未来像を鋭く分析する気鋭のジャーナリストです。著書だけでなく、雑誌やウェブメディアを中心に幅広く活躍されています。今回のインタビューでは、電子書籍市場の現状と未来像、Twitterやフェイスブックをはじめとするソーシャルメディアにおいて存在感を増しつつあるキュレーターの役割など、ウェブを取り巻く生態系がどのように変化していくのかお話いただきました。※本原稿は、2011年4月7日に行われたインタビューに基づき作成しています。

■大手新聞社で7年振りの退職者。特ダネを追う仕事はやりたくなかった。

― ジャーナリストとして独立するということは、村上隆氏の『芸術起業論』*7ではありませんが、起業と同じと理解して良いですか。

 そうですね。別に社員がいるかいないかぐらいの違いで、今でも個人事業主で企業形態はとっていないので会社ではないのですが、起業と全く同じことではないでしょうか。どちらかと言うと事前に計算しないと気がすまない方なので、新聞社からアスキーに移ったときのほうが独立したときよりもインパクトは大きかったですね。
 新聞社も社員が3,000人くらいいる大企業なんですが、日本の大企業のように、ものすごく家族経営的なので辞める人が殆どいませんでした。新聞業界は斜陽産業なので最近はそうでもないかもしれないのですが、当時は、毎日新聞で東京社会部の現役記者が会社を辞めるのは7年振りでした。その7年前の人も全然違う業界に行ったわけではなくて、同業他社に行ったようです。そのように、たまに朝日新聞とか共同通信とか更に給料がいい会社へ行く人はいるんですけど、別にアスキーは給料が良かったわけではないので、給与面でダウングレードみたいなところへ行く人はすごく久し振りだったんです。一生新聞社にいるつもりはなく、メディア業界で特ダネを取るという仕事はやりたくなかったので、給料安いのは承知の上ですと言ってアスキーに入社しました。
 最初に担当した『月刊アスキー』はパソコン雑誌なので、会社の中で黙々とパソコンで編集したり、記事を書いたりしているだけでした。その後、ニュースサイトに移って、よく取材に行くようになったんです。そうすると色々な出版業界の人やIT経営者にも知り合いができました。そこで交流が生まれて、「じゃあ、今度辞める時は仕事ちょうだいよ」みたいな話をしていたので、半年ぐらいやっていたら結構目処がついたんです。辞めた時点で連載は2つ決まっていましたし、古巣の毎日新聞に『サンデー毎日』という週刊誌がありまして、そこでの仕事も継続的に取るようにしたので、月20万円から30万円は稼げる段取りをつけて辞めたんです。あとは、妻が松尾たいこ*8というフリーのイラストレーターで、彼女が既に独立していて収入が安定していたので、かなり心強かったです。妻が専業主婦だったら、独立するのをかなり躊躇していたと思いますね。

― 独立した当時から、ITに強みをお持ちだったのでしょうか。また、どのような記事を書かれていたか教えてください。

 辞めた直後にどんなことをたくさん書いていたかというと、実は事件ものなんです。いわゆるインターネット事件です。ネット犯罪って、最近はあんまり話題に上らないのですが、2000年頃は、不正アクセスとかオークション詐欺とかその手のネット犯罪がすごく流行っていた時期で、2003年頃にはWinny(ウィニー)事件*9というのもありました。ネット犯罪を書くには、ITの知識が勿論必要なんですけど、ITの知識だけでは書けないんですよ。私は事件記者でしたから、そういう知識があったんです。あと意外に大きな強みとして、さすがにもう切れていますが、当時は警察関係の情報ルートがまだ残っていて、そういうところから情報を得ることができたんです。ある意味、ITと社会の、そういう境界面の記事を書ける人は当時誰もいなかった。戦略を考えると、その誰もやれていないところに実はニーズがあって、なおかつ自分ならできるだろうというのが、辞める時の大きな原動力になりました。ある程度計算していたので、独立してから割にスムーズに進みました。
 他には社長のインタビューを書きました。私は社会部の記者をしていたので、人物ものも得意だったんです。IT系のニュースメディア等では、ハードウェアとかソフトウェアとかの評価は得意なんだけど、人物描写をやっている人があまりいなくて、フリーで活動していたら「そんなの書ける人がいるんだ」ということで原稿依頼がきたのが大きかったです。

― 原稿料は雑誌と本でどのくらい違うのでしょうか。

 私がフリーになった2003年や2004年くらい頃の雑誌の原稿料はすごく良かったんです。当時、総合月刊誌では、それなりに取材が必要となりますが、1万文字くらいの原稿を書くと15万円から20万円くらい頂けました。一般の週刊誌、総合週刊誌でも、当時は1ページ3万円くらいでしたから4ページで12万円程頂けました。Webは当時から安かったのですが、それでも1本書いて5万円とか普通にありましたね。原稿料を考えると、いい時代だったんです。
 書籍に関しては、そんなに儲からないと直ぐ分かりました。労力が相当かかるので大変なんです。10万文字くらい書かなきゃいけない。新書だと1冊700円程です。印税は大手で10%、中小の出版社だと8%なので、1部売れて60円から70円くらいです。初版部数が中小だと1万部とか1万2千部くらいかな。そうすると、本を1冊書いても収入は100万円に達しない。本だけに注力するやり方では食べていけないのです。ですから、基本的には雑誌の仕事がメインになります。独立した当時、雑誌は元気で原稿料がそんなに悪くなかったので、いい時代でした。そういう時期に辞められたという意味ではラッキーでした。今の状況だと独立するのをかなり躊躇していると思います。

― 今は原稿料が下がっているのですか。

 雑誌そのものが少なくなってしまって、2007年から2008年が、私の場合雑誌の仕事のピークでした。その頃は月に8本くらい連載をもっていて、その他にも単発の原稿依頼がきていたので、1日1本くらい書いていました。今は雑誌の連載は月に2本です。その分Webメディアは増えてきていますけど、Webの原稿料はものすごく安くて、1本書いて1万円とかです。そのため、基本的にはそこからの収益は頼りにしていません。だからブログ以外では、Webサイトで私の原稿はあまり載っていないんです。ブログは完全にパブリシティとして書いています。もしくは人に伝えたいことがある時だけに書いているのです。

― 2010年4月に『電子書籍の衝撃』を上梓されて、どのくらい反響がありましたか。

 7万部売れましたが、私の書くようなテーマの本は殆ど都市部でしか読まれないので、いわゆるマス向けのものとは全然違います。

― 本にも書かれていますが、電子書籍は今後どのようになるとお考えですか。

 『電子書籍の衝撃』*10は、まだiPadが発売されていない段階で書いたんですけど、その後iPadが発売されたにもかかわらず、日本ではまだiBookstoreがない。電子書籍のストアがきちんと立ち上がっていないがゆえに結局iPadもあまり売れない。購入した人にとっては、iPadを買ったけど何に使ったらいいかわからない。メールやツイッターをやるなら、普通にスマートフォンで十分だし、パソコンがあれば良いわけです。スマートフォンでもなく、パソコンでもなく、タブレット*11である必要性を考えると、通常は本を読めればいいよねとなるわけです。もしくは雑誌のWeb化されたものを読めればいいのですが、日本では両方ないので、iPadの利用が増えるかどうか分からないという状況になっています。いわゆる鶏か卵かじゃないのですが、上手くリンクできていない状況だと思うんです。雑誌については、日本ではiPad向けにたくさん出していますけど、PDFの域を出ていないので読みにくいんです。雑誌をわざわざ紙でなくPDFで見るのは輪をかけて不便なので、結局は売れていません。
 そうは言っても、出版社はどんどん収益が悪化していっていますから何か手を打たなければならない。雑誌も売れなくなってきているし、マンガ雑誌も落ち込んでいます。それに、『電子書籍の衝撃』に書いたような「本のニセ金化」*12現象が起きていて、自転車操業の負のスパイラルに陥っています。本をどんどん出していかないといけないわけですが、実質的に業績が落ちているという状況は相変わらずです。書店も減っています。もうにっちもさっちもいかなくなったので、電子書籍をしなきゃという機運だけは高まって、みんな電子書籍を始めているのです。
 ところが、実際はほとんど売れていない。何で売れていないかというと、理由は2つあります。1つ目の理由として、タブレットが普及していないのが一番大きいですね。あともう1つの理由は、出版社側が電子書籍を売るスキルを全く持っていないということです。
 今までの紙の本を売るには、新聞やなんかに出版広告を出したり、雑誌の編集部に献本して書評に取り上げてもらったり、あとは取次に営業したり、書店に営業したりと4つの方法があるわけです。でも、電子書籍はその4つの方法がいらないんです。一番必要なのは、それこそソーシャルメディア上で、一生懸命読者とやり取りをしながら、その中で情報を紹介していくという方法になります。そういったスキルを出版社は一切持ってないんですよ。どこで売ったら良いのか分からない。だから何百万円もかけて電子書籍の販売サイトを立ち上げたけど、何冊しか売れていないという笑えない状況が起きてしまっています。「もう既に電子書籍バブルは終わった」と言っている業界の人も結構いて、バブルも何もまだ始まっていないんだけど、「やったけど失敗したからやっぱり駄目だ」と言っている人がたくさんいるんです。

― 佐々木さんの本で、電子書籍になっているものを教えてください。

 色々なっているんですけど、まともに売れたのは『キュレーションの時代』と『電子書籍の衝撃』だけですね。『電子書籍の衝撃』は9,000ダウンロードくらいあります。『キュレーションの時代』は、発売直後に地震が起きたのでちょっと失速してしまったけど、それでも2,500ダウンロードくらいです。『キュレーションの時代』の電子版は、JASDAQに上場しているpayperboy&co.(JASDAQ 3633)がやっている「パブー」*13という電子出版サービスを使って出しているので、印税は70%です。版元の筑摩書房さんを通さずに自分で電子化していますので、そのまま収入になっています。1冊あたり700円で売っているんですけど、500円くらいが収入です。要は2,500ダウンロードぐらいでもちゃんとした収入になるわけです。

■スマートフォンの方がタブレットよりも良いかもしれない

― もともとの10%という印税は、才能ある個人の方々や作家として独立されている方々にとって、条件が悪すぎるということでしょうか。

 印税10%は、マス向けの本のためのモデルなんです。だから、何十万部はちょっと言いすぎかもしれないけど、十万部売れるなら印税だけで1,000万円近くなるわけですから、かなりいい収入になるわけです。ただ、今の本は、『電子書籍の衝撃』でも書いたけど、ビオトープ*14(生息空間)化していて、それこそ私の本なんかその典型です。都心部の本屋では山積みになっているので、「よく売れていますね」と言われるのですが、それは都心部だけなんですよ。地方は一切売れていない。高齢者にも読まれない。基本的には都心部の20代、30代、あとはメディア企業に勤めている人くらいしか読んでくれないので、平均して数万部くらいしか売れないんです。
 そうすると、そういう人たちが東京の周辺にしかいないなら、全国に配本する意味があまりないということです。Amazonでは直ぐ品切れになってしまい、一方、地方の本屋に配本してそれが返本されて戻ってくるまで1ヶ月や2ヶ月かかるので、その間は増刷しないなんてことが起きているのです。結局、売り切れているのに増刷されないわけですから、ものすごく意味がない。だったら電子書籍化して、自分の本を読んでくれる何千人か何万人の人にピンポイントで届けてしまおうとなります。印税が70%とかであれば十分ペイするので、そういう仕組みの方がよっぽど良いんじゃないかと思うんです。エコですしね。
 電子書籍での出版がいずれは中心になってくると思います。ただし、さっきもお話したようにタブレットがまだ普及していないので、そこをどう突破するのかということが難しいですね。既に普及しているので、スマートフォンで読めるようにするのも良いと思います。販売側としてもスマートフォンで売るのがいいんじゃないかという話もあるようですが、まだストアがないので、iPhoneはあるけどiPhoneで読む本を結局どこで買うのかという課題があります。今はApp Storeで単体のアプリとして売るという方法をとっているのですが、アップルが駄目とか言い出したりしてよく分からないことになっているので、流通方法も整理されないと電子書籍は普及してこないと思います。

― スマートフォンで書籍を読むのは、読みにくさはありませんか。

 雑誌は辛いと思うのですが、文字だけの本だったら、むしろスマートフォンの方が読みやすいと思います。特に日本人は電車の中で読む人が多いので、片手で読める方が良いですね。『電子書籍の衝撃』の電子版を出すとき、最初はiPad未対応で、iPhoneだけのアプリだったんですけど、読んだ人から意外にサクサク読めたという反応をいただけました。その後1週間遅れで紙の本を出したら、こんなに分厚いんだと驚いたという人がいたんです。うまく作れば、スマートフォンの方がタブレットよりも読みやすいかもしれないですね。

第3回へ続く

[撮影:大鶴剛志]

*7 『キュレーションの時代』で、現代美術アーティストの村上隆氏について「アーティストであるだけでなく、キュレーターでもある」と触れている。村上氏は自らの作品が世界で評価される以前から、いかに自分の作品から経済的価値を生み出すのか、戦略を考え、実践してきた。『芸術起業論』には、日本を飛び出し、世界で戦ってきた村上氏が体得した貴重な方法論が詰まっている。なお、続編として『芸術闘争論』がある。詳しくは村上隆全巻を参照。
*8 書籍、雑誌、グッズ等、幅広い分野で活躍。本の装丁画は横山秀夫氏の「クライマーズハイ」など250冊以上を、グッズではサントリー、ユニクロ等トップブランドとのコラボレーションを手がけている(松尾たいこ氏HPを参照)。
*9 Winnyとは、ファイル共有にサーバーを要しないPtoPの技術を用いたファイル交換ソフトである。著作権法、個人情報保護法などに抵触する違法なファイル交換を行うのに都合の良いソフトであったため利用が急速に拡大した。それに乗じて、流通するファイルにウィルスが仕組まれ被害が拡散したことで社会問題になった。2003年11月にはWinnyの利用者2名が著作権法違反で逮捕され、2004年5月には同ソフトの開発者・配布者の金子勇氏が著作権侵害行為幇助で逮捕、起訴され、波紋を呼んだ。佐々木氏の著書『ネットvs.リアルの衝突』で詳しく取材、調査、分析がなされている。
*10 電子書籍については、佐々木氏の著書『電子書籍の衝撃』を含め、関連書籍をまとめた全巻を参照。
*11 携帯電話と比較して、大きめのディスプレイを備えた多機能型携帯端末のこと。アップルの「iPad」、アマゾンの「Kindle」、ソニーの「ソニータブレット」、サムスン「Galaxy Tab」などがある。
*12 出版業界に詳しいライターの永江朗氏が提唱。出版社は取次に委託した分の本の代金を、委託時に取次から受け取ることができるが、返本分の金額を返金しなければならない。返金を回避(相殺)するため、自転車操業的に新しい本を出版し続けている。
*13 オンライン上で誰でも電子書籍の作成、配布ができる個人向けサービス。有料配布する場合は、システム手数料として販売金額の30%が課金される。購読形式は、PC版、ePub版、PDF版の3種類。なお、シャープがXMDF3.0(次世代XMDF)形式の電子書籍を編集するための法人向けツールを2011年7月から無償化する等、電子書籍マーケット拡大のための動きが目立ってきた。
*14 生物の住息環境を意味する生物学の用語だが、マーケットを表現するために援用している。佐々木氏は『電子書籍の衝撃』で、「現状の電子ブックの生態系はまだ書き手側のビオトープでしかない。そこで書かれた電子ブックを読者に届けるまでのモデルを構築することによって、電子ブックの生態系が正常に回るようになる」と分析している。

キュレーターによる情報革命 ~情報流通の今と未来~ 全4回