出井伸之氏インタビュー

「非連続の飛躍 ~ソニーの成長とクオンタムリープの挑戦~」第3回

聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎

 1995年4月から10年間に渡って、グローバル企業であるソニー株式会社をはじめとする、ソニーグループを率いてきた出井伸之氏。CEOを退任後、2006年9月にクオンタムリープ株式会社を設立し、事業創造への仮説や成長機会をグローバルな視点で捉え、日本とアジアの飛躍的な進化を掲げて国際的に活躍されています。インタビューでは、井深大氏や盛田昭夫氏のお話をはじめ、ソニーがどのようにして世界的企業へと発展したのか、トップとしてどのような視点で経営されてきたのか、また日本の未来やクオンタムリープでの取り組みなどについてお聞きしました。

■ベンチャー投資成功の原則

─マネックス証券、フリービット、ディー・エヌ・エー、WOWOWなど、ソニー時代にベンチャー投資においても大成功を収められています。ベンチャー投資ではどのようなことがポイントになるとお考えでしょうか。

 マネックス*14の松本大さんとは、彼がゴールドマンサックスを来年で辞めるというときに会ったんです。そして、彼からオンライン証券会社設立の構想を聞いて、「あっ、これは凄いな」と思いました。僕は、マネックスの設立記者会見の時、「ユニシスやIBMなどの次にマイクロソフトのビル・ゲイツがルールブレイキングをしたように、ビル・ゲイツよりもひと世代若い松本さんたちの世代が証券業界のルールをブレイクし、新しいルールをメイキングする」ということを記者の皆さんに言ったのです。インターネット証券の可能性を認めて、そこに賭けたわけです。結果として、ソニーはマネックス証券の50%の株式を得ることによって、少なくとも500億円はキャピタルゲインがあったのではないでしょうか。マネックス証券では、今も年末の最優秀部門賞に「出井賞」という名前を付けてくれて、社員を表彰しているんです。そういうのは、お金以外のいい関係だと思います。出井さんがいてくれたからですよ、みたいなことを言ってくれると嬉しいですね。子どもを育てるのと同じような喜びがあります。

 石田宏樹さんのフリービット株式会社*16も同じようなことでした。経団連(社団法人日本経済団体連合会)の新規事業のプレゼンテーションで初めて会いました。彼は僕に狙いをつけていたみたいですが(笑)、こちらはプレゼンテーションした7人くらいの中から彼と仲良くなりました。ベンチャー投資で成功するためには、松本さんや石田さんのような、才能のある人を見つけることが大切です。

─ ベンチャー企業への投資の場合、起業家を見るということが最も大切だということですね。

 それは勿論そうです。ただ、近づくことが良いことかというとそうではないと思います。人を見る、一方で突き放すというのもあります。突き放して、突き放して、その人の成長を見るんです。何かの時には手伝ったり、コーチングをしたりするというのもありますが、僕は「できるベンチャーは手がかからない、手がかかるベンチャーは良くない」と言っているわけですよ。そうすると言われた方も相当気にしてしまって、出井さんにあんまり手間をかけると良くないベンチャーだと言われるんじゃないかと思っているみたいです。

■ソフト・アライアンスのメリット

─ 「ソニー・エリクソン」*17、サムスンとの合弁である「S-LCD社」*18など、出井さんが提唱し成功された「ソフト・アライアンス*19」という概念と手法について、今日的な意義も含め教えて頂けないでしょうか。

 僕が教わった頃の経営学では、50%ずつの合弁はとんでもない、一番やってはいけないことだと言われていました。だけど実際に、ソニー・ピクチャーズ*20をハード・アライアンス(M&A)した後に、ソニーがどれだけ苦労したかというと、お互いの気質が分かるまでに最低10年はかかっているわけです。まさに水と油で、なかなか本当に分かり合えないんです。部分統合ならば、そんな上位概念までいかなくても済みますし、ソフト・アライアンスしていれば、同じポジションに2人いないので、補完関係が成り立つわけです。

 銀行に見られるような合併の場合、全部同じ機能を持って集まることになるので、雰囲気は良くならないですよね。猜疑心が強くなってしまいます。
 一方、サムスンやエリクソンとは、レイヤー違いでソフト・アライアンスしています。補完関係ですから最終的にはうまくいきます。ソニー・エリクソンは10年も経たずに1兆円企業になりました。あまり注目をされていませんが、楽天の成長スピードより早いんです。
 ソフト・アライアンスという僕の考え方は、結局コーポレートの支配権をとらないように合併するというものです。例えば、規模を追求する事業だけ提携して、他の事業は別々でもやる、というようなスタイルもありだと思うんです。もしそこで気が合えば、次の段階へ進むというやり方です。食うか食われるかという議論になってしまうと、事業メリット以外の感情まで出てきてしまう。今自分も大和クオンタム・キャピタル*22という会社をやっていますが、ジョイントベンチャーも結構難しいね(笑)。あと、中国の人がソフト・アライアンスを結構気に入っているみたいですね。

─これからソフト・アライアンスはますます増えていくのでしょうか。

 ソフト・アライアンスという言葉は使っていませんが、色々なところでやっているのではないでしょうか。全面合併ではなくて、ウィン-ウィンな関係を作るアライアンスということですから、ソフト・アライアンスも様々な形に進化していくと思います。

■成熟期の日本がとるべき戦略

─ 日本経済、日本企業の国際競争力の低下を憂える声を多く聞きます。『日本進化論』の中で、日本の進むべき道について、「環境国家宣言」「平和国家宣言」「文化国家宣言」など明確に示されています。今後の日本の進むべき道についてお聞かせいただければと思います。

 それぞれ理屈がある話です。「平和宣言」はもう一度日本がきちんとしないといけないと思っています。私はアジアの国々に行く機会が多いんですが、第二次世界大戦の感情はいまだに残っていると感じます。「日本はあんなことを言っているけど、またいつか来るんじゃないか」という気持ちがまだあるわけです。日本は軍需産業をやっていないのですけれども、「平和宣言」をもう一度してから、軍需産業についても本当は考えていかなければならないと思います。軍需産業というのはヘビーデューティーなものです。コンシューマーだけじゃなくて、そういうものは、もっと周囲の国々からの信頼を得ていかないと、手を出せないところですね。さらにその信頼を強固にするためにも、環境や文化を大切にするということも宣言して、アジアの小さな国の人達にも積極的な教育支援とか、技術支援とか、医療支援とかをやっていく時期だと思います。

 世の中には成長期の経済と成熟期の経済という2つのフェーズがあります。日本は成長期の経済を通ってきましたが、今は成熟期の経済に移っています。成長期と成熟期のリーダーシップは異なると思います。中国は成長期ですよね。韓国も成熟期に入る前の段階。日本は、明らかに成熟期にあるにも関わらず、成長期に必要な施策を打とうとしている。成長期への憧れのようなものでしょうか。

 日本には、今やらなければいけないことが山積しています。成熟期は、文化が爛熟する時代でもあります。そういう産業がこれからの日本には必要になっていくと思います。成長期の人と張り合うのはナンセンスですよね。日本はもっと己を知った方が良い。日本が自分のことを分かって、変わることが必要だと思います。そうすると見方が全然変わってきます。民主党に期待することを、みんな成長戦略とか言っていますけれども、あれは成熟期の国家戦略と言うべきです。中国の成長におびえるのではなく、それはそれとして成熟社会で違う目標を探せばいいと思うんです。

第4回へ続く

[撮影:大鶴剛志]

*14 ゴールドマンサックスのゼネラルパートナーだった松本大(おおき)氏とソニーによって設立されたネット専業証券会社。2004年8月、日興ビーンズ証券と共同持株会社マネックス・ビーンズ・ホールディングス株式会社設立(現マネックスグループ株式会社)。2005年5月、マネックス証券と日興ビーンズ証券が合併し、マネックス・ビーンズ証券株式会社(現マネックス証券)となった。現在は、持株会社のマネックスグループを中心に、証券、アセット・マネジメント、投資教育、M&A、FX等の事業会社から成るオンライン金融グループを形成している。マネックスグループ株式会社(8698.T)HP
*16 代表者の石田氏が通信事業に興味を持ち始めたのは、高校生時代に当時の盛田昭夫ソニー会長に送った一通の手紙への会長からの返事がきっかけだったという。その手紙から約10年後の2001年12月、ソニーから出資を受けた。フリービット株式会社(3843.T)HP
*17 ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ(AB)。本社スイス。本部機能は英国ロンドン。2001年10月、スウェーデンに本社を置くエリクソンとソニーが折半出資をして設立。携帯電話機器の製造販売を手がける。世界シェアは第5位。
*18 韓国サムスン電子と設立した合弁会社。サムスン電子が50%+1株、ソニーが50%-1株を出資して2004年4月に設立。液晶パネル製造を手がける。
*19 出井氏が提唱、推進した、全面的な提携をせずに、強者同士が必要な部分だけ手を組むアライアンス手法のこと。
*20 ソニー・ピクチャーズエンターテイメント。1989年11月、ソニーはアメリカの大手映画会社コロンビア・ピクチャーズを株式公開買い付け(TOB)によって買収した。当時、ハリウッドの映画ビジネスを日本のソニーがマネジメントすることができるのか、世間の注目を集めた。
*22 2009年4月、クオンタムリープと大和証券SMBCプリンシパル・インベストメンツで共同設立した投資会社。成長段階にある企業に投資を行ない、投資先企業の成長を主導する、新しいグロース・ファンドを運用。技術やブランドをもつ日本企業と成長力のある中国やインドを中心とするアジアの企業とを結びつけることにより、双方の企業価値を飛躍的に向上させることを目指している。大和クオンタム・キャピタル株式会社HP

「非連続の飛躍 ~ソニーの成長とクオンタムリープの挑戦~」全4回