浜口隆則氏インタビュー

「起業の専門家が追求する未来 ~起業家を増やし、社会を幸せにする~」第3回

聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎

 株式会社ビジネスバンクグループ代表取締役であり、『戦わない経営』『社長の仕事』『エレファント・シンドローム』などの著者でもある浜口隆則氏は、起業家向けオフィス「オープンオフィス」を立ち上げ、レンタルオフィス業界を作ってきました。2012年、新たなステージに向かうためにオープンオフィス事業を譲渡。現在は起業家教育事業をはじめ、起業を総合的に支援する事業を展開されています。インタビューでは、創業から現在に至るまでどのような思いでどのように事業を発展されてきたのかお話いただきました。※本原稿は、2013年5月20日に行われたインタビューに基づき作成しています。

自己成長に対する危機感から事業を売却

― 2012年7月に「オープンオフィス」事業を売却されました。かなり大きな決断だったのではないかと思います。売却を決めた背景を教えていただけますでしょうか。

 売却を決めた理由は大きく3つあります。
 1つ目は、メンバーの一人ひとりが自己成長をしなくなってきているのではないかという危機感を覚えたからです。起業支援をしようと決めて会社を創業した当時から、安定した収益が見込める事業を柱の一つにすることが理想でした。すでにお話した通り、オフィス事業を軸に高収益で安定した状態を作ることができたのですが、あまりにも安定しているために、平和ぼけしているような状態になっていました。その間に、起業家を対象とした教育や会計など新しい事業にも取り組み、サービスを増やすことができたわけですが、自己成長と社会貢献を一番大事にしているにも関らず、さほど自己成長が感じられなくなっていたことに大きな課題を感じていました。
 2つ目の理由は、創業以来、私達の役割は「起業環境を整備する」ことであって、オフィスの仕事をすることではないという考えでやってきたことに由来します。オフィスは、ワンオブゼムと言うか、たくさんある起業支援の一つで、勿論、起業家にとってもすごく大事なことだと思います。しかし、もしオフィス事業をしていることで、他の事業が進まないのであれば、思い切って手放そうと思ったのです。
 3つ目は、これ以上私達が続けなくても、起業家向けのオフィス業界は少しずつ大きくなっていくと確信が持てたので、もう私達がいる必要はないのではないかと思ったからです。まだ誰も目を向けていないこととか、不足している起業環境を整える仕事とかに力を注いだ方が良いと思いました。

― 経営者が事業売却を判断する場合、市場が頭打ちで売上がピークを迎えているとか、競合環境が厳しくなって自分たちだけでは勝てないということが理由になることも少なくないと思いますが、事業を成長させることができたのに売却されたのですね。

 そのように思うところも少しはありましたが、大阪でも福岡でもやろうと思えば出来ましたので、オフィス事業は、まだまだいくらでも伸ばせると思っていました。
 一方で、オフィス事業を続けていると、どうしても他の事業が疎かになっていきがちでした。オフィス事業は割と簡単な事業だと思われるのですが、装置産業のようなもので、商材として大きいですし、結構手間がかかるんです。また、電力会社などと一緒でインフラですから、サービスの供給を切らすわけにはいかないんです。それでも、私にもっとリーダーシップがあれば、オフィス事業をさらに成長させながら、他の事業も平行して伸ばすことが出来たと思います。
 実は、5年くらい前にも、売却について打診を受けたことがありました。そのときは、他の事業と平行してオフィス事業をやり続けるべきだと判断して売りませんでした。当時、すでにスクール事業などを立ち上げていたのですが、昨年売却をするまでに、自分自身の意識を変えることはできても、自分以外のメンバーの意識を変えることが難しかったのです。
 オフィス事業を売却した後も、役員も社員も全員残りました。売却によって、売上の85%くらい、粗利では80%くらいがなくなったので、会社としては一時的に厳しくなりましたが、他の事業が大きく前進し、良い方向に向かっています。

― 素晴らしいですね。参考までに、どのようなスキームで事業売却をしたのか教えていただけますでしょうか。

 以前は、株式会社ビジネスバンクという社名でした。まず、分社化してオフィス事業以外の事業をする会社を新設しました。それが、現在の株式会社ビジネスバンクグループです。旧ビジネスバンクを「オープンオフィス」というオフィス事業のみを手がける会社にした上で、私と役員の全株式を日本リージャス株式会社(Regus Japan K.K.)に譲渡する手法で売却しました。現在は、サービス名と同じ株式会社オープンオフィスに社名が変わっています。

― 株式会社ビジネスバンクグループとして展開されている、「プレジデントアカデミー*3」についてお聞かせください。経営という難解な事象を科学的に分析して12個の要素に分解した上で、全てのテーマをお一人で教えられているので、驚愕しています。講義でお話しされているように、これまで自社の経営を、日々の事象や社会の課題を帰納的に捉えて、緻密で科学的に行ってきたのでしょうか。

 半分はそうですね。残り半分は直感で経営してきました。直感で大体決めて、ロジックで叩いていくということをしています。
 プレジデントアカデミーのプログラムの一つである「経営の12分野」についても、経営をしていく上で、あのような12個のテーマが必要だろうと直感で作ったので、どちらかと言えばロジックよりも直感の方が強いのかもしれないですね。ロジックだけで考えても同じものを作ることはできたと思います。私自身は、直感もロジックも、どちらかが卓越しているとは思っていないのですが、バランスは良いように思いますので、そういう点では恵まれていると思います。
 去年や一昨年は、毎月まったく違うテーマで講義をしたので、数ヵ月続けたら、毎月聴講いただいている方々にすごく驚かれましたね。

― 「プレジデントアカデミー」の他に、起業を志す人を対象にした「アントレプレナーアカデミー」も開講されました。この2つが教育事業としての柱かと思います。他にはどのような事業をされていますでしょうか。

 教育事業の中に出版事業があります。
 他には、小さな会社やベンチャー、創業して間もない会社に優秀な人材が集まるようにしたいという想いで、インターンや新卒採用支援をしています。
 インターンは、将来起業したいという希望を持っている学生だけを紹介しています。ここ2年程は、創業3年以内の企業だけを顧客にしています。創業期の会社は猫の手も借りたいほど忙しいですし、学生としても将来起業したいのであれば、そのような創業間もない会社で仕事を経験した方が良いので、両者のニーズが合っていると思います。
 また今後、人材関連では、CXO事業をやろうとしています。先日、立ち上げたばかりですが、起業家としてではなく、起業家のパートナーとしてベンチャーに参画したいという層が絶対いると思うんです。そういうパートナーを起業家に紹介できれば、ベンチャーはもっとうまくいくと思います。
 グループとしては、株式会社ビジネスバンクグループがホールディングカンパニーになっていて、スタートップ会計株式会社で会計サービスを提供し、有限会社ビー・ビー・キャピタルで投資もしています。また、小さな会社のブランド戦略のコンサルティングなどを手がけているスターブランド株式会社は、ビジネスバンクグループとの資本関係はないのですが、私個人で出資していますので、ファミリーの一つです。

― これからも、さらに事業を増やしていかれるのでしょうか。

 社内からも起業家を増やしていこうと思っていますので、さらに事業を増やしたいと思います。そのために、採用を積極的にしています。事業を増やすことで、入社したメンバーが活躍できるステージを作りたいですし、まだまだそうすることが必要だろうと思っています。前みたいに高収益にはならないかもしれませんが、会社として起業支援の事業を増やしつつ、社内で起業家を育て、良い循環を作っていこうと思います。

第4回へ続く

[撮影:大鶴剛志]

*3 プレジデントアカデミーは「経営とは何か」を体系的に学び、偶然の成功ではなく、必然的に成功し、成功し続けることを目的とした会員制教育プログラム。2009年に開始した本プログラムの参加者数は2012年6月末時点で経営者を中心に6,000名を超えている。詳しくは、同社HPを参照。

「起業の専門家が追求する未来 ~起業家を増やし、社会を幸せにする~」全4回